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2014年度 優秀賞/芸術資料館買上げ 作品

広島市立大学芸術学部では、学生の制作研究成果としての卒業・修了作品の中から、 特に優秀と認められた作品・作者を選出し、学生の研究成果の評価と制作意欲向上の ため「優秀賞」を授与しています。また、資料的価値の高い作品については「広島市 立大学芸術資料館買上げ」とし、芸術資料館に収蔵しています。

広島市立大学 芸術学部・芸術学研究科


為れないということ知っている・成りたいと思う 杉浦 沙恵子
 本作は光を主題として室内を描いた秀作である。ステンドグラスに差し込む光の有無、スタンドライトの点灯、消灯。画面の大部分に置かれた自ら発光するような標本壜の数々、それらの中に二人の人物が配されているが、その人物もそれぞれ光と影で表現され対となっている。随所に対比を多用した作品であるが、熟考された構成と高い造形力で二極のコントラストのみ終始することなく一枚の情景描写として成立させている。色彩効果も光を主題として扱うために巧みに選択されており、情感に流されない緊張感のある表現として高く評価できる。

生を想う 権藤 日香里
 学部4年間での実技実習で学んだことを素直に組み合わせて、作者の世界観を表明した作品である。
 人物を中心とした基本的なデッサン力とその実践、動物園や故郷の風景に取材しそれを作品に取り込む柔軟性、それらの要素をまとめる構成力を、てらいなく存分に発揮して、充実した優れた作品になった。
 動物の選択に関しては古い日本の伝承や神話に基づき、人間を助け導く生き物として設定しているようだ。構成し、制作する中で徐々にテーマも成熟していき、人間とその他の生き物との共生を謳うアニミズム的寓意を持つに至った。

My Son 中村 明日香
 本作品は作者自身の想像上の子供の化身であり、人間の顔とペンギンの体を持ち合わせる少年像である。ペンギンの体は厚い脂肪で覆われているため、骨格や筋肉の動きは大変捉えにくいが、4年間の制作で培った繊細な観察力をもって、しっかりとした構造と確かな造形力を内在する作品となっている。

cycle of stripes 中本 順葉
 「cycle of stripes」は、どぶ川の表面に重なり溜まっていく汚物を撮影した作品である。ヘドロや汚物が川の流れに添って重なり形成された模様は、日にちが過ぎていくごとに刻一刻と変化していく。それは、あたかも画家が描き残した絵画のようにも見える。そしてある時点で、天候などの外的要因によって完全に消滅し、再び形成が繰り返される。人の介入を受けること無く、ひっそりと生み出される様子を捉えた写には、私たちが感じる「美」とは何かという問いが内在している。

OLOGY 石井 智弥
 人為的な行為と対局にある自然の不規則な力を視覚化することを試みたこの作品は、その造形美はさることながら、その繊細な機能美をもち得る構造で構成されている。そして風を受けると綿密に計算された構造からうまれるギミックで鳥の羽ばたきを連想させる優雅な動きを見せるが、これは風のイメージを鳥からの目線としてみる者に想像させ、そのスケールを作品以上のモノへと昇華させる。また一見、金属でつくられているように感じるが、近くで観ると精巧な木材加工からなる作品であることがわかり、作者の素材への真摯な態度が見て取れるところは大変評価できる。

KOZIKI 上尾 彩那
 日本最古の歴史書である古事記。しかしながら、この古事記に関心を持つ者は少ない。「読むだけの古事記」から「想像できる古事記」へリデザインしたそれが上尾の制作した「KOZIKI」である。
古事記の本文を神々として設定し、表情や過度の装飾を除いたシンプルなものにする事により、見る者各々が、感情や営み、そして自分たちのルーツを想像することができる。
 この作品では、古事記に関連する"地"を訪れその空気感にインスパイアされた風景を描いている。また、神道と古事記の密接な関係からイメージしたロゴデザインなどを行ったことで、作品のいたるところから古き良き日本のアニミズムや自然との共存の様子が見てとれる。
 表装裂等の布は全て龍をモチーフにしたもので、多数の龍の布を使ったのは龍を神として祀った歴史から、この作品の一巻一巻に神々を宿らせたいという上尾の思いが感じ取れる。
 調査から取材そして制作へと、一貫した姿勢は高く評価出来る。

Beat watch 横佩 祐司
インタラクティブなアートワークとしてはまだまだ技術面で稚拙な部分も見受けられるが、作者が学部2年時から一貫して研究してきた音をビジュアル化する表現と、ライフワークであるダンスが相乗的な効果をもって表現の中に扱われた。
本来ダンスという音楽に合わせて身体を動かす表現方法はわれわれ日本人にとって抵抗のあるものだが、作者は音楽を奏でるために身体を動かす行為をダンスと結びつけた。その主従の関係の変換は非常に興味深く、作者の今後のクリエイターとしての可能性を大いに感じ評価できる。

地の層 浅埜 水貴
 修了作品「地の層」は、サイをモチーフにモノトーンに近い色調で描いた150号の大作である。4頭のサイを上へ上へと重なるように構成し、トリミングすることによってサイの持つ獣としての凄みを表現している。特徴的な技法としては、皮膚の質感を表すために刻むような鉄線描を施し、胡粉を堀塗りで盛り上げている。その密度は、獣が生きてきた時間や生命の不思議さをも暗示している。意識的な破調としての調子は画面に動きを与え、モチーフと響き合い、非日常的な強い雰囲気を醸し出す。本作品は、作者の古典研究から得た確たる表現技法と、自然観察を通して本質を見抜く高い洞察力によって描かれた秀作である。

逐電 佐藤 麗生
 佐藤の制作は、単なるファンタジーとしての趣味生の発露だけではなく、作家自身とその制作の地縁性を掘り下げることで、一定の必然性を担保している。
 佐藤は世代的に、好むに関わらず怪獣造形に親しみ、出身地の青森県は、異形や血縁にからむ奇談に溢れていた。それを現代絵画〜現代アートに昇華するのが、彼の目下の制作目標である。一見、描写には硬さを残し、ルネッサンス以来の遠近法的なパースペクティブを無視したものにも映るが、実際は彼の培ってきた描写技術、知識は高いレベルにあり、それはむしろ、ハイアート文脈以外の、例えば出身が同じで佐藤自身が影響を認めている成田亨の生堅さ、または知識が深い、映画の映像空間からのものであり、避けられないある種のチープさ、キッチュさも、彼とすれば多分に意識的な帰結なのであろう。
 佐藤はとても狭い窓で世界を眺めていることは認めざるを得ないが、それを濃密な世界観の構築に変換し、将来的に絵画だけではない手段も使いながら、影響力のあるアーティストになり得る学生と期待する。

帰る家 鵜野 千晴
 作者の鵜野は2014年8月20日未明に起きた広島市の土砂災害で被災してしまった。鵜野の住んでいた家が土石流に襲われ、彼女は家族と共に夜中家から避難したのである。その後、鵜野の家が建つ場所は住むことのできない地区に指定され、近い将来、鵜野の家族達は家を出て行かざるを得ない状況になってしまった。この大きな作品は、そのような鵜野自身の境遇から制作された。
 この作品は二つの要素で構成されている。
 一つ目は、鵜野の父と叔父そして鵜野のボーイフレンドの助けを借りて作った、木造の家だ。この木造の家は、大工である鵜野の父が建て実際に鵜野や家族達が住む被災した家屋を元に、縮小して作られている。二つ目は、破壊された家の周りの風景、本作品のプランを鵜野が父と議論している様子、前述のチームメンバーで家を作っている過程、そしていずれ立ち去らなければ行けない家で楽しく過ごす鵜野の家族と5匹の飼い猫達の姿が記録されたビデオだ。
 作品の家の中にはテーブルとランプ、そして最近撮影された家族写真が置かれているのみである。家にしては小さいが、人が住むには充分な大きさがあり、彫刻作品とも建築作品ともとれる。ビデオには、被災した悲劇と、鵜野と家族とのやりとりの中に自然とある面白さ(特に彼女が作品プランを父に説明し、父が驚いているシーン)が対比され交互に映し出されている。
 鵜野の作品は、アートが悲劇に対して強く美しく、そして面白く対応する力があることを見せてくれた。

夢/現 河野 佑香
 コンピュータ上で描いたドローイングによるアニメーション作品である。
 幻想と現実の狭間を行き来する意識の揺らめきを、、万華鏡の如く描かれたカラフルな色彩の世界と、モノクロームで描かれた空虚な世界をもって描いている。絶えず変化変容する意識を、メタモルフォーゼによるアニメーション表現で描かれおり、卓越した技量を見ることができる。
 登場人物といえる未成熟な少女は、意図的にニュートラルな存在として描かれ、感情移入することなく、客観的な表現として非常にクールな視点として見て取れる。それゆえ、一瞬の動きにも"ハッ"っとする緊張感がある。
 また、使用されているエキセントリックな楽曲と編集のリンケージは見事であり、心地よさとリリカルな想いが交錯する、豊かな表現を醸し出した作品といえる。

白物語「サッちゃんの冒険」シリーズ後編 高橋 はるか
 白物語「サッちゃんの冒険」シリーズ後編は、2011年から制作が続けられている〈白物語「サッちゃんの冒険」シリーズ〉7巻のうち、後半4巻からなる作品である。フィクションの作品でしばしば使われる「物語りの繰り返し」を、高橋は作品制作の過程と重ねながら、版画技法を応用したエンボス効果で表現している。継続的な仕事量に裏打ちされた主題のリアリティは、「本」という体裁をとってはいるが、美術作品としての鑑賞に耐えうるものである。また、制作を重ねる中で、新しい技法への取り組みも積極的に行っており、その制作姿勢及び成果としての作品の完成度は、他の学生の模範としてふさわしいものである。